沖縄のお盆

沖縄のお盆



今日は【ウークイ】です。

【旧盆】と呼ばれることが多いですが、
正式には【旧暦のお盆】のことで、
お盆に新しいも古いもないものです。

新正月、旧正月も新暦か旧暦かの違いであって、
どちらの暦を大事にするかと言うことですね。

新暦はグレゴリオ暦で、
グローバル化に伴い、
全世界で共通に使われるようになったわけで、
その土地や風土にマッチしているものとは限りません。

旧暦は先人たちの叡智の結晶で、
その土地の気候風土に応じて変化させてきたものなんじゃないだろうかと思っています。

【旧暦】の意味に意識を向けると土地と暦の関係性に新たな発見があるかもしれません。
沖縄には沖縄独特の【風水】も存在するくらいですので、
その土地の気候風土にあったものに改良されたものというのは多くあるんじゃないでしょうか。


沖縄のお盆の多くは「旧暦の7月13・14・15日」の3日間で行われます。
県外出身者の僕は新暦のお盆が月13・14・15日に行われるので、
てっきり「旧暦の8月13・14・15日」かと思っていましたが、
旧盆が8月にあたることが多く、勘違いしていました。


さて、【旧盆】は、
1日目、ご先祖様の霊をお迎えする【ウークイ】、
2日目、ご先祖様にゆっくりしてもらう【ナカヌヒー(ナカビ)】、
3日目、ご先祖様を送り出す【ウークイ】の3日間で構成されます。

ナカヌヒーはこの世に戻ってきているご先祖様に挨拶に行かなければいけないので、
お中元を持って、関係する【仏壇】とそこに備えてある【トートーメー(お位牌)】のある各家庭を回ることになります。


トートーメーの文化が一般庶民に広がり始めたのがおよそ300年ほど前のことのようです。
日本の歴史でいう平安貴族的な立場が、琉球王国の時代では王国に勤める国家公務員のサムレーで、
そういった特権階級の人たちにはいち早く伝わっていたようですが、
情報伝達に時間のかかる時代でもあり、生活することに精一杯の時代でもありますから、
旧盆はそこそこ新しい文化だと言えるように思います。

文化の新しさの基準としては、
うちなーぐちなのか、うちなーやまとぐちなのかで簡易に分けることができるんじゃないかなと思います。
もちろん、これが絶対ではないですが、簡易な手段としては使い勝手が良いように思います。

【うちなーぐち】とはそもそも沖縄古来からあった言葉で、
おそらく【やまとぐち】という日本の言葉が関わっていないもの。
例えば、「グスク」という言葉は日本の言葉にも、また中国の言葉にも似ていません。
あと、挨拶で「ゆたさるぐとぅ」というのがありますが、
「よろしく」と似たような意味ですが、沖縄独自の言葉といるのではないでしょうか。
対して、【うちなーやまとぐち】とは日本語が変化しただろうものです。
琉球古民家には「イチバンジャー」「ニバンジャー」といって部屋に順位があるのですが、
うちなーぐちでは「1」は「てぃーち」、「2」は「たーち」というので、
日本語が変化したものと考えて良いでしょう。

お盆という文化がそもそも日本の文化であり、
「旧盆」という名前からもルーツは日本にありそうです。
「ウンケー」は「お迎え」、「ナカヌヒー」は「中の日」、「ウークイ」は「お送り」が変化したものだと言われています。

どんな文化もそうですが、
もともとあったものもありますが、
時代に合わなくなったり、
流行というべきかは分かりませんが、
良いと思うものがあればどんどん取り入れられていきます。
琉球が日本の後進国ということではなく、
日本の文化を取り入れつつ、琉球流にアレンジしたものが沖縄のお盆です。

日本のお盆では「精霊馬」というものが準備されます。
きゅうりでつくった馬と、ナスでつくった牛が有名ですが、
あの世からこの世へは馬で早く来てもらって、
牛にはこの世から供物を運びつつ、ゆっくり帰ってもらうという願いがあるそうですが、
沖縄では「うーじ(サトウキビ)」がお供えされ、
グソー(あの世)も帰る時に荷物を運ぶ天秤棒や杖に使ってもらうようにお供えされているそうです。

そう考えると、沖縄のご先祖様たちはかなり足腰が強いようです。

うーじの栽培が本格化したのもまたおよそ300年前だと言われているので、
うーじがお供物になったのも300年前からということになるんじゃないかなと思います。


沖縄県はまさに孤島ですから、琉球王国によって独自の発達をしたわけですが、
日本もガラパゴスジャパンと言われているような孤島ですし、
昔は、交通網が発展していたわけではないので、
文化交流が難しい集落では「気候風土」という沖縄の特殊性はないとしても、
日本の中にも多様な文化が発展していたんじゃないかなぁと思っています。


琉球・沖縄史を紐解く時、
特に琉球史については、サムレーに関する文献が一般的です。
日本史も同じで、京都周辺やそれこそ東海地方以外の歴史というのはなかなか文献に残っていないのではないかなと思っています。
琉球においては、サムレーは那覇市に住んでいたので、
那覇市以外の歴史を物語るものはなかなかに少ないです。

琉球・沖縄って特別だなぁと感じる人もいるかもしれないですが、
日本史に出てくる日本の歴史はごくごく一部の人たちの歴史であることを考えれば、
沖縄県外の歴史を調べる時に、もっと特殊なものが現れるかもしれません。

日本で今の形のお盆が始まる前は、仏教が伝来する前は、
さて、どんな文化だったのか。
その土地にあった文化が根付いていたのではないかと、
そっと想いを馳せてみるのです。


タグ :つぶやき

同じカテゴリー(つぶやき)の記事

上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。